2018年10月2日、3日とGlobal AgInvesting Asia 2018が東京アメリカンクラブで開催された。シンガポールから東京に開催拠点を移して3回目の開催だった。日本の機関投資家に対し、海外の農業投資の実態について紹介し、魅力を知ってもらうというような内容である。不動産投資としての農地投資から、農産物流通・食品産業への投資、アグリテック投資や農業保険など、幅広い内容で興味深かった。ただ、若干微に入りすぎたきらいもあったため、以下、イベントでの報告内容に、弊社Meros Consulting/(株)メロスの近況に対する知見を併せ、農業投資の動向についてとりまとめてきたい。まずは農地投資から。
2010年代に大きく拡大した農地投資
年金ファンド等の機関投資家などによる農地投資は、1980年代から徐々に動きが見られるようになったが、国際NGO・GRAINの2008年のレポートが契機になって、特に当時の需給がひっ迫して農産物価格が高騰する状況下で、外国資本による「土地収奪(ランド・グラブ)」が進んでいるとの告発で注目を集め、非難の対象となった。Preqin社調べの農業/農地ファンドの資金調達状況によれば、当時の2007~2008年の状況から比べても、金融危機を脱した2010年代に入って一層、機関投資家らによる農地投資が加速した状況がうかがえる。
加速した農業/農地投資では、年金ファンドや政府系ファンド、大学の基金などの機関投資家や、大規模なファミリーオフィスなどが資金の出し手となってきた。機関投資家らはオルタナティブ投資の拡大を模索しており、リスクとリターンのバランスから選択肢の一つとして農地投資に魅力があるとの判断になってきた。今回のイベント参加企業からは、特に、農地価格が引き続き上昇傾向で推移していることに加え、地代もしくは農産物の販売収入が比較的安定して見込めること、株式や債券など伝統的資産投資と相関が薄いため、リスクヘッジになるといった利点が強調されていた。
他方、農業側の資金需要も大きく拡大した。未利用農地を抱えるブラジルをはじめとする中南米や、ウクライナなどの東欧諸国で、依然として大規模開発に対する資金需要がある。さらに、オーストラリアやカナダ、米国などの先進国でも、農業の大規模化にともない、農家負債が上昇しており、更なる大規模化と効率化を図るために農家個人の信用で新たな農地の購入を継続するには限界があるため、投資ファンドが購入した農地からリースする形態を選択する、あるいは投資ファンドが農場経営に乗り出す例が増えている。また、こういった形で投資ファンドに集約された農地が売りに出される際には、個人農家に分割して販売するのではなく、別の投資ファンドが一括して引き受けるという形になる。
農業/農地ファンドのシステムの確立
農地への資金の流れが加速した背景には、プライベート・エクイティ・ファンドで広く用いられるようになった米国式のリミテッド・パートナーシップを利用した農地ファンドの運営形態が確立してきたことが挙げられる。
農地経営は、高度に専門的な経営能力を要求され、天候や相場を始めとする対処の難しいリスク要因が存在し、また地域によって大きく環境や制度が異なる。現地における農地運用を専門的に担うことのできるファンド運用企業(ジェネラル・パートナー/GP)が成長してきたことで、現地の農地投資のノウハウを持たない海外の年金ファンド等の機関投資家がリミテッド・パートナー(LP)として、有限責任で経営に参画せず、配当のみ受け取る形で、農地投資に資金を提供できるシステムが確立した。
大手の農地ファンド運営企業には、例えば全米教職員年金保険組合(TIAA)傘下のTIAA Asset Management(複数のファンド等を通じて穀物や油糧種子、サトウキビ、ワイン用ブドウ等の農地約77万ヘクタールを豪州、ブラジル、米国、東欧等に保有)、生保大手マニュライフ傘下のHancock Agricultural Investment Group (米国、カナダ、豪州等を中心に果樹・ナッツ、穀物等の農地14万ヘクタールを保有)、Proterra Investment Partners(カーギルから投資チームが独立し、豪州、米国、アジア地域の農地や農業関連ビジネスに投資)などが挙げられる。
直近では農地投資リターンの減少により若干鈍化
一方で、農地投資から撤退する動きを見せるファンドもある。例えばカナダの公的年金運用機関であるカナダ年金制度投資委員会(CPPIB)は、2012年からカナダと米国でおよそ9万7千haの農地を購入したが、うち約半分の農地が位置するカナダのサスカチュワン州で機関投資家の農地投資に対する規制が強化されたことや、豪州やニュージーランド、ブラジル等での農地投資が期待通りに進まなかったことなどを背景に、2017年に農地への投資拡大方針を見直し、今後は農地投資を縮小し、同じ農業でも流通等の下流への投資を拡充させる方向とした。
また、農産物の国際市況は直近では下落傾向にあり、さらに米中の貿易摩擦の過熱などの不透明要素が増している。農地価格が投資の流入で高騰した影響もあり、農地投資に対するリターン(インカムとキャピタルゲインを合計したもの)は減少傾向にある。このため、機関投資家らによる農業投資は引き続き拡大の傾向にあるものの、以前に比べると鈍化している。
農地投資の肯定的位置づけへの変化
とはいえ、世界的な人口増と食料供給拡大の必要性から、中長期的に農業への投資が引き続き有望との位置づけは揺らいでいない。特に、「農地収奪」がトピックになった2008年からの10年間で、農地投資に対する意義づけが、より肯定的なものに変わっており、機関投資家等が、ESG投資やSDGsへのコミットメントを示すために、農地投資を利用できるようになってきたことが指摘できる。
農地収奪への対応として、2010年には世界銀行や国連食糧農業機関(FAO)などが共同で「責任ある農業投資原則」を策定、2014年には世界食糧安全保障委員会が「農業及びフードシステムにおける責任ある投資のための原則」を採択した。これは、2006年に制定された国連の「責任投資原則(PRI)」において、機関投資家が環境・社会・ガバナンス(ESG)の課題を意思決定に取り入れる方向性を示したことを反映する動きであった。ESG投資の動きは広がっており、PRIへ署名した機関数は2018年に2000社を超えた。
並行して、2007年のロックフェラー財団のセミナーで提唱された「インパクト投資」の理念も広まりをみせ、2013年のG8サミットで「G8社会的インパクト投資タスクフォース」が形成されている。これにより、投資を通じて社会に対してプラスのインパクトを与えるという考え方が広く浸透してきた。
これをさらに後押しするのが、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」である。SDGsは、これまでの過去の開発目標と異なり、開発途上国のみを対象とするのではなく、先進国も対象とし、更に民間企業の積極的な関与、つまり、民間企業がビジネスを通じてSDGsの達成に貢献することを求めた。特に、目標2「飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する。」などの項目に対して、農地投資が有益であるとの意義付けがなされるようになっている。つまり、責任ある農地投資を通じ、持続可能性や環境等に配慮した農地経営を行い、限られた農地と水資源を最適に活用することによって、世界の食糧危機に貢献できる、という説明である。
日本の機関投資家の動き
日本の機関投資家としては、日本生命が2018年4月に、マニュライフ傘下のハンコック・ナチュラル・リソース・グループの豪州の農地投資ファンドに100億円の拠出を発表したところである。日本の生命保険大手では、初めての農地投資になる。また、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資金運用を受託するなどの実績を持ち、今回のイベントに協賛したセイリュウ・アセット・マネジメントも、海外での森林投資のファンドの取扱いを開始したほか、引き続き農地投資の可能性を探るとの意向を示している。
日本企業の海外農業投資に対する意欲は高いが、こと農地投資では、2018年に三井物産がブラジルで穀物生産・流通を担っていた子会社マルチグレインを解散するなど、成功事例が少なく、事業会社は農地投資に対する参入をためらってきた経緯がある。ただ、今年の日本生命の参入を機に、今後は機関投資家の中で、検討の動きが拡大する可能性がある。もちろん、海外だけでなく、国内の農地/農業投資の動きもみられるが、これについての議論はまたの機会に譲りたい。
Prepared by Chisa Ogura, Meros Consulting
ダウンロード 引き続き拡大を続ける農地投資ーGlobal AgInvestment Asia 報告
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