日本インパクト投資ネットワーク (J-IIN)で2020年6月4日に開催した第1回ウェビナー、「インパクト投資101」を、弊社(株)メロスにてホストしました。
J-IINと農業・食品シーンにおけるインパクト投資
J-IINは、「Business×Impact」をテーマに、2019年末から活動しており、弊社メロスも創立メンバーの一員として参加しています。J-IINでは、「インパクト投資」が国際的に新しい投資戦略としての認知度を上げていく中、日本では社会貢献的で非営利といったイメージが依然として残っており、また国内問題へ興味が集中していて国際的な舞台で日本のプレゼンスが小さいことを、課題として認識しています。このため、日本の起業家の方々、投資家の方々、双方が集まって、グローバルな状況を視野に入れつつ、フランクにコミュニケーションができる場を作るというのがJ-IINの目的です。
農業・食品分野は、国際的にはインパクト投資で最も注目を集めており、食・農にかかわる起業家の資金調達の重要な手段となってきました。特にこの2年ほどは、農業投資やフードテック/アグリテックのイベントでは、必ずインパクト投資やインパクト評価が話題に上ります。欧米の投資家からスタートした動きですが、シンガポールをはじめとするアジアの投資家にも根付いてきたことを感じます。
日本でも、GSG国内諮問委員会が2014年に設立され、2017年に新生企業投資によって、国内初のインパクト投資1号ファンドが立ち上げられました。しかし、日本インパクト投資ファンドは、女性活躍、福祉、教育、エネルギー等の国内課題に対する注目が中心で、農業や食のシーンにおける注目度は低く、あまり認知が広がっていない状況です。弊社自身の学びを深め、また日本への還元をするために、J-IINの立ち上げに賛同し、創立メンバーとして参画しました。
J-IIN第1回ウェビナー「インパクト投資101」
J-IIN第1回目のウェビナーでは、「インパクト投資101」と題したインパクト投資のイントロダクションを行うセッションを企画し、10人程度の機関投資家、VCファンド、起業家、コンサルタント等をお招きして開催しました。
J-IIN発起人の一人であるG-cubed Partners代表、弊社戦略アドバイザーの木村卓郎より、インパクト投資の理念や国際的潮流について紹介した後、同じく発起人の一人、南アフリカに在住のThree Arrows Impact Partners代表 中川沙和氏が、「社会的インパクト評価・マネジメント」と題したプレゼンテーションを行いました。
「インパクト投資101」G-cubed Partners代表 木村卓郎
木村は、国際金融公社(International Finance Corporation – IFC)で製造業やアグリビジネス、サービス産業、エネルギーセクターでの新興国投資に長年携わりました。IFCは世界銀行グループに所属し、新興国での民間セクターへの投資を担当しています。IFCはその使命として、社会的に意義が高く、成長性のある民間事業への投資に注力することが求められてきました。IFCの長年にわたる高い投資パフォーマンス(S&P500を15%上回る)は、市場リターンと社会的インパクト創出の両立が可能であるということを示唆する最も良い事例です。
インパクト投資の概念は、2007年にロックフェラー財団が採用したのが始まりです。その後、他の民間ファンドや、国際金融公社(IFC)などでもコンセプトが提唱されるようになりました。2013年にG8で社会的インパクト投資タスクフォースが形成されました。現在インパクト投資の資金規模は5000億米ドル(約52兆円)規模に展開、年間成長率は26~50%にのぼりました。
インパクト投資の基本は、ビジネスリターンは同じでも、社会的インパクトの創出が無いのであれば投資を行わないという点です。インパクト投資家には、期待リターンが多少低くても良いとする慈善的な投資家もいますが、リスクに見合う金銭的リターンを求めつつ、かつ社会的インパクト創出を図るという、リターンとインパクト創出の双方を求める投資家が主流です。持続的なインパクトの創出には、慈善活動よりむしろ、ビジネスとしてしっかりとした規模感を持って成長することが、より高い効果をもたらす理念に基づくものです。実際に、Global Impact Investment Network (GIIN)の2020年調査によれば、市場並みリターンを求めるプライベートエクイティ投資機関74ヶ所の投資開始からの平均経年収益率は16~18%でした。
インパクト投資の今後の課題は、現在インパクト投資に係る原則や基準設定について、様々な機関がリードして、複数の原則や基準が打ち立てられつつあることです。日本のステークホルダーも、こういった国際的議論に積極的に関与し、原則や基準の統一化に向けた動きに参画していくことが重要だと考えられます。
「社会的インパクト評価・マネジメント」Three Arrows Impact Partners代表 中川沙和
中川は、南アフリカ ヨハネスブルグに拠点を置くインパクト投資及び社会起業のアドバイザリー会社Three Arrows Impact Partnerの創業者です。アフリカの民間投資機関や政府金融機関に対するインパクト投資のコンサルティングや、社会起業家に対してインパクト評価・マネジメントの仕組みづくりを手伝う支援などを提供する傍ら、歴史的に不利な背景を持つ起業家に対して投資を行う南アフリカ政府機関であるNational Empowerment Fund のボードメンバーを務めています。
世界では、例えば極度の貧困層が依然として世界人口の10%を占める、世界で22億人は安全な飲み水を入手できない、難民・避難民が7千万人を突破している、あるいは干ばつによる発展途上国での経済被害総額が290億米ドル(2005~2015年)にのぼるなどの現実があります。これを解決するため、国連でSDGs目標が設定されましたが、この設定されたSDGs17の目標を達成するために、年間2.5兆ドル(約280兆円)の投資が必要と推計されています。国際機関や各国政府の投資だけでは大きく不足するため、民間投資の積極的な活用が必要です。
社会的インパクト評価・マネジメントはそもそも、なぜ必要なのでしょうか?一つ目の理由は、インパクトを評価・マネジメントのシステムが構築されることによって、民間の投資家がそれをベースとして判断を行うことができるようになるため、民間資金の活用が進み、インパクト投資が民間投資の主流となって拡大できる鍵となるからです。二つ目の理由は、インパクト投資において、起業家と投資家の双方が、目的とする社会的インパクトを明確化し、ビジネス活動の結果である社会的インパクトをモニターし、より改善につなげるという活動をするためには、どうしても必要なツールとなるためです。経済的リターンの追求と同じく、KPIを設定してPDCAサイクルを回していくためには、数値化できる指標が必要です。
今回のプレゼンテーションでは、ケーススタディとしてアフリカの社会起業家に対する投資を行うインパクト投資ファンド会社I&P社(50社以上に投資、運用資産残高7千万ユーロ)を例にとり、同社の社会的インパクト評価・マネジメントのフレームワークおよびプロセス、GIINが開発して比較的国際的認知の高いIRIS指標をベースとした独自の社会的インパクト評価ツールなどを紹介しました。同社は毎年100種類以上の指標に基づく様々なデータを起業家から取得し、投資先企業とさらにその利害関係者も含む広い社会的インパクトを分析し、投資家に対して情報を提供しています。これによって社会的インパクトがどのように実現されているのか理解が深まると同時に、この結果を示すことができることによってより大規模な資金調達が可能になりました。
社会的インパクト評価・マネジメントは、まだまだ世界的に試行錯誤が続けられている段階です。「インパクト・ウォッシング」といって、投資家や起業家がインパクトを創出していると表明しながらも実態が伴っていない、という状況も指摘されるようになっています。Sorenson Impact CenterのLisa Cox氏が、「社会的インパクト評価は、投資業界における最後のフロンティアになりうる」と指摘するように、今後ますます議論が活発になる分野であることは間違いありません。
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参加者の議論では、新型コロナの影響下におけるインパクト投資の動向や、インパクト投資での失敗事例などについて分析や情報交換が進んでいるかどうか、GIINのIRIS指標がどれくらい広く普及できるのか、また日本の投資家に対してどのような教育が可能で、本当にメインストリームになる可能性があるのかなどの点が挙げられました。
国際的な社会的インパクト投資は急速に成長を遂げており、その中でインパクト評価・マネジメントについての議論が展開し、評価指標設定や第三者評価などの統一化に向けたイニチアチブがますます活発化しています。インパクト投資で最も注目を集めている農業・食品分野のインパクト投資においても、例えば土壌の肥沃度をどのように測定して比較できるのか、土壌への炭素貯留をどのように評価できるか、小農のインクルージョンをどのように数値化して表現できるのか、など多くの議論が巻き起こっており、注目されます。弊社では、J-IINをベースとして、引き続きコミュニケーションの場づくりや、情報発信を行っていきます。ご関心のある方は、ぜひご連絡ください。
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