アグリテック・フードテックのシーンで、昨年夏から秋にかけて、4つの国際フォーラムがオンラインで開催されました。メロスからも、チームメンバーが参加しました。
2021年3月9日~12日にはまた、例年サンフランシスコで開催されているワールドアグリテック・イノベーションサミット(World AgriTech Innovation Summit)とフューチャー・フードテック(Future Food-Tech)が、バーチャルイベントになって開催予定です。チーム・メロスも参加を予定しており、皆さんにお会いできると嬉しく思います。参加される方はぜひ教えてください!毎回、日本からの参加者はとても少ないので、ぜひ情報交換や感想をシェアさせていただきたいです。
今回はその予習として、昨年の三つのイベントの振り返りを報告します。もっと詳しく聞きたい方も、ぜひご連絡ください。
1. 新型コロナ禍の影響と、それによって生まれたイノベーションへの可能性
新型コロナが、世界中でレストランやバーなど外食、ホテルや様々な観光業など、多くの産業に深刻な影響を与えたことは間違いない点です。しかしながら、全体的には、食や農業は人間の生に欠かせないものであり、今回の新型コロナによる消費者の食品消費シーンの変化や物流網における危機が、農業や食品のサプライ、つまり農業投入から農産物・食品の生産・加工・貯蔵・運搬の上流から下流に至る様々な場面で、新たなイノベーションのチャンスを与えるだろうという、楽観的なムードが強調されていました。
「産業として、あるいは社会として、今回の新型コロナのパンデミックを、二度と起こらないような一回限りのごく稀な出来事だ、とは私はとらえていません。今回の危機は、社会に疑問を投げかけました。世界の食料安全保障と、食料供給システムは、今後いずれ、再び別の試練に直面するでしょう。今回のパンデミックは、そういった新たな試練を乗り越えるために必要な社会・産業のレジリエンス(回復力)にとって、非常に重要な問題を表面化させた、ということです。」 と、カナダの肥料大手ニュートリエン(Nutrien)社のチーフ・コーポレート・デベロップメント&ストラテジー・オフィサーのマーク・トンプソン氏が述べています。
例えば、家庭での調理の増加が、健康や食材への関心の高まりをもたらしました。これは、すでに成長傾向を見せていた植物性タンパク質(プラントプロテイン)市場にとって、更にプラスの影響を与えています。今日では、以前よりもずっと多くのスーパーなどの小売店がこういった新しい食品を提供し、消費者はそれを購入して、家庭で新しい食品の調理を試して楽しんでいます。
パンデミックによって、サプライチェーンは迅速に変化に対応することを余儀なくされました。外食産業に向けられていた食品を、代わりに小売チャネルに仕向けさせる必要がありました。消費者の自宅への配送のための物流の強化や、消費者が農場など生産者から直接購入する方法が人気を集めるようになりました。これによって、私たちの食料システムの脆弱性とその回復力について、消費者がより深く意識するようになったことが、食農の流通におけるイノベーションの絶好の機会となっています。
2.グローバルな食農投資シーンにおける、ESG投資とインパクト投資の主流化
昨年の四つのアグリ/フードテック投資に関するイベントでは、ESGやインパクト投資に焦点を当てたパネルディスカッションが非常に多く見られました。国際的なアグリテック・フードテック分野の投資シーンにおいて、ESGやインパクト投資が主流となっていることを象徴しています。
アグリテック・フードテックの分野において、新しい技術の研究開発だけでなく、開発された技術の現場への普及や拡大のためにも、今後より多くの投資が必要であることは、すべての関係者が同意するところです。ESGやインパクト投資の意図を持った投資マネーが急速に拡大しているため、アグリテック・フードテックに係るファンドマネージャー、そしてこの分野の起業家は、アーリーステージのベンチャーキャピタルからミドルステージのPEファンドに至るまで、これらの資金を、いかにして惹きつけるかに向けて迅速に動いています。
昨年9月に開催された世界アグリテック・イノベーション・サミット(World Agri-Tech Innovation Summit)で行われた参加者調査では、回答者の80%近くが、ESGが現在の投資戦略や意思決定の原動力となっていることに同意していることが明らかになりました。
さらに、多くのベンチャーキャピタル、プライベート・エクイティ・ファンド、コーポレート・ファンドは、ESG投資を超えて「インパクト投資」に向けて動き出しています。ESG投資とは、基本的には、環境、持続可能性、ガバナンスの問題が評価されていることを保証することで、投資のリスクを低減するための枠組みです。しかし、インパクト投資の理念は、現実的な利益を上げながら、社会や環境に意図的にプラスの影響を与えることにあります。インパクト投資では、インパクトの目標を定め、そのインパクトを比較可能な方法で測定し、インパクトを継続的に改善するためのプロセスを管理することが重要です。
アグリ・フードバリューチェーンにおいては環境・社会における「持続可能性」がインパクトを与える上での重要なテーマですが、インパクト投資として成立させるためには、それぞれの企業・ファンドが「持続可能性」をどのように定義し、定義した「持続可能性」を成立されるための個別の要素となる指標をどのように特定して、測定するか、が重要なポイントとなってきます。
指標として主に、土壌の健全性、水資源、気候変動への対応力、カーボンニュートラル、労働力、サプライチェーンのトレーサビリティー、レジリエンスなどが議論されています。アグリテック・フードテックに係るインパクトファンドは、ようやく「インパクトレポート」を発行し始めた段階で、今まさに農・食のシーンでの「持続可能性」を比較可能かつ定量的に定義する試みと議論が始まったばかりです。
3. 再生可能農業と土壌の健康性
再生可能農業(リジェネレイティブ・アグリカルチャー Regenerative Agriculture)は、ここ数年の間に流行語になりました。「持続可能な農業」という言葉が、曖昧で定義が難しいのに対し、再生可能農業は土壌の健康に焦点を当てており、より良い農業技術によって炭素が土壌に蓄積されるとともに、微生物の良好な生存環境を守り、土壌、作物、環境の再生可能で持続的な健康につなげるという考え方です。現在の議論は欧米中心に活発化しているので、基礎的な農業技術として、不耕起栽培やカバークロップ(土壌の表面を草で覆う)などの方法が挙げられています。
特に、土壌中の炭素の蓄積と排出権取引は大きな話題の一つです。土壌中の炭素蓄積については、どのように測定するかについて議論が依然としてさまざまありますが、どのように排出権取引に繋げるかについて、各国でアグリテックを活用し、試験的規模ながら既にビジネスレベルでの取引が開始されており、実践段階に入っています。
再生可能農業の支持者の中には、地球規模の農業問題を是正・解決し、炭素を土壌に還元する「特効薬(銀の弾丸:Silver Bullet)」として喧伝している人もいます。しかしながら、土壌の健康というのは、とても複雑で込み入ったテーマであり、「再生可能農業」を唱えたからといって単純に解決できるような問題ではありません。作物、土壌、地理によって、土壌の健康状態は異なり、解決策も全く異なります。さらに時間の経過とともに、土壌や作物が変化していくので、解決策もそれに合わせて進化しなければなりません。
ただ、再生可能農業は、世界のアグリテック・フードテックのシーンにおける非常に重要なテーマで、世界各国で起業家が単に宣伝文句にしているだけではなく、実際に大手企業や政府の今後の中長期の指針・行動計画で規定され、具体的な活動・施策に活用されるようになっています。再生可能農業の成功はどのように定義されうるでしょうか?異なる気候や地域にどのように適応することができるでしょうか?そして各々の農家が本当に土壌の状態を改善し、炭素を奪還していることを示すために、どのような基準や認証が今後必要とされ、開発されていくのでしょうか?
4.植物由来の肉 – 果たして肉に取って代わるのか?
2年前までは、植物由来の食肉はニッチな製品であり、アメリカのビヨンド・ミート(Beyond Meat、三井物産も出資)やインポッシブル・バーガー(Impossible Burgers)は未来の食品のように見え、ほとんどの植物由来の食肉会社はスタートアップの段階でした。
2年後の今、植物由来の食肉企業は、国際カンファレンスのメインステージに登場しています。バーガーキングは植物肉を使った「インポッシブル・ホッパー」の発売について話し、多くの食品技術者は、肉の見た目、味、質感をより良く再現するために脂質やフレーバーに取り組んでいる課題について話しました。
また、代替食肉が中心的な舞台に上がるにつれ、より極端な政治的な動きも見られるようになりました。代替食肉企業の中には、ビーガンのライフスタイルを推進したり、反家畜の見解を表明したりする企業もありますが、それはもちろん、既存の食肉産業の関係者からの反発を招くことになります。食肉産業は生産段階から加工まで、多数の農業者・従事者を抱える巨大な産業で、高い政治的な影響力を持ちます。
結局のところ、チーム・メロスでは、極端な「どちらか一方の選択」にはならないと考えています。拡大する世界のタンパク市場には、食肉、植物由来の肉、そして将来的に価格が下がればラボで生産されたラボミート(培養肉)をすべて包括できる余地があります。「食」においては、根本的に、理念だけではなく、おいしさが必要です。予想される傾向として、ハイブリッド製品、つまり主に植物性の製品でありながら、風味や食感を加えるためにラボで生産された培養肉や、従来の一般の食肉やそのエキスが含まれている製品が増えると考えられています。
最終的には、これらの新しい植物性のタンパク製品は、いずれ一つの食品とし、既存の食品と併存しながら、長期的に市場で生き残っていくことができるでしょう。インポッシブル・バーガーのCEOは、「農業を終わらせる」という夢を掲げていますが、地球上の人口の60%が従事する農業を破壊するようなビジネスモデルは、到底受け入れられる方向ではありません。
その代わりに、植物性タンパク質と食肉の両方の分野が協力して、新たなタンパク質供給のイノベーションを起こすことによって、より多くの製品とビジネスチャンスを食・農にもたらすことができると考えられます。
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上記4テーマを含め、世界に様々な新しい動きがあります。ご興味があれば、ぜひご気軽にご連絡ください。チーム・メロスは、今年も皆様に、今後イベントやミーティングでお会いできるのを楽しみにしています!
危機をともに乗り越え、2021年が素晴らしい年になりますように。
アグリテック・フードテックの国際フォーラム一覧
Completed:
- World Agri-Tech Innovation Summit, 2020年9月15日、16日
54か国から900名ほどが参加。23%が投資家、20%が企業・起業から。Syngenta、UPL、EY、Anuvia、Bayer、BayWa、Boost Biomass、Corteva、Grosys、IBM等が主なスポンサー。
- Future Food-Tech, 2020年9月17日、18日
54か国から826名が参加。21%が投資家、20%がフードテック起業家、21%が食品添加物関連、19%が食品製造販売関連。主なスポンサーはAtlast, Pilot Lite, ADB, Bayer, Bosch, Covington, CPI, Eagle Genomics, Hatch, IBM。
- Future Food Asia 2020, 2020年9月21~25日
アジアのアーリーステージのフードテック・アグリテックのピッチイベントに焦点を充てる。日本からは植物肉のDaizが「Plant protein award」を受賞。主なスポンサーはシンガポール政府、Corteva、Buhler、Givaudan、Dole、ADBなど。
- Asia-Pacific Agri-Food Innovation Summit, 2020年11月18~20日
シンガポールの政府系大規模ファンドのテマセク(Temasek)が全面的に後援。アジアを中心に約750名が参加。主なスポンサーはgrowthwell、VisVires New Protein、ADM、AquaMaof、Bain & Company、Bayer、&ever、Givaudan、IGS。日本からは植物工場研究会 林 絵里 副理事がパネリストとして登壇。
なお、シンガポールは国家目標として農業自給率30%を目標に、アクセラレータ支援やスタートアップ誘致、新しい革新的な農業団地の設立に多額の資金を投入している。
Coming soon!
- World AgriTech Innovation Summit, 2021年3月9日、10日
- Future Food-Tech, 2021年3月11日、12日
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