日本経済新聞社は2021年7月17~18日にかけて、アグリテック、フードテックをテーマにした「AG/SUM 2021」シンポジウムを開催しました。シンポジウム1日目「日本の農業で大規模資金投資が実現しない真の理由」に、弊社の代表取締役 小倉千沙が登壇し、日本と海外の比較や今後の展望についてのディスカッションに参加しました。
AG/SUM 2021
AG/SUMは2017年から毎年開催されているイベントで、アグリテックはもちろん、フードテック、バイオテック、さらにフィンテックにも繋がる最先端の動きをとりあげながら、グローバルな成長産業の創出に寄与することを目指しています。
今年のAG/SUM 2021は、新型コロナの影響でオンラインとオフラインを組み合わせ、「つながるアグリ、広がるフード、支えるネット」をテーマにして開催されました。高齢化による人手不足、フードロスなどの課題解決や、ゲノム編集、代替タンパク質などの先端領域、さらにそれらのイノベーションを支えるAI、IoTなどのテクノロジーなど、幅広い課題を取り上げました。
シンポジウム「日本の農業で大規模資金調達が実現しない真の理由」
Day1の最後のシンポジウム「日本の農業で大規模資金調達が実現しない真の理由」では、西村あさひ法律事務所の杉山泰成弁護士がモデレーターとなり、アグリテック・フードテック投資や農地・農業投資について議論しました。弊社小倉のほか、日本農業 代表取締役 内藤祥平氏、ルートレック・ネットワークス 代表取締役社長 佐々木伸一氏、三井住友銀行 ホールセール統括部 サステイナブル推進室 部長 末廣孝信氏が登壇しました。
欧米やアジアではアグリ・フードのスタートアップやファンドに対する大型資金調達がブームになっていますが、これに対して、日本のアグリ・フード分野での資金調達は規模が小さく、資金調達に苦労するスタートアップも多い状況です。その原因がどこにあり、今後の日本のアグリ・フード事業が大型資金調達を成功させて農業を成長させるために必要な条件とは何かについてディスカッションをしました。
農・食分野におけるファンド投資の日本と世界の差異
メロスからは冒頭に、アグリ・フード分野での資金調達の規模感の日本と世界の差異についての情報提供として、アグリ・フードで近年注目が高まっている二つの投資分野を紹介しました。
アグリ・フードテックを取り上げるAG/SUMに直結する分野としては、テック系のスタートアップ企業に対するベンチャー投資があります。米国のAgFunderによれば、2020年のこの分野の投資額が世界で約2.9兆円に上ったのに対し、日本は229億円と1%弱でした。米国が突出していますが、中国やインドなどアジアの国、フランスやイギリスなどのヨーロッパ諸国からも遅れをとっており、日本はGDP比で世界の約6%、農業生産額で約5%を占めていることに比べて、見劣りがしてしまう現状があります。
もう一つ、農地や農業法人に対するファイナンスを提供する農地・農業ファンドの成長も注目されるところです。農地・農業ファンドには、農地、それから温室や設備などの農業インフラへの投資、農業法人などに対するプライベートエクイティやプライベートローンへの投資などが入っています。テック投資が比較的短期のハイリスクハイリターンを求めるベンチャー投資ということに比べると、こちらは比較的低リスクの中長期投資であり、年金や生命保険などの資金を集めています。また、AG/SUMのアグリ・フードテックとのからみでは、「それを利用する生産者側への投資」ということになります。
農地・農業ファンドは、米国のHigh Questの調べでは、2019年の世界での運用資産残高は14兆円規模に達しているようです。一方、日本も2013年に投資円滑化法が改正されて、農業法人への投資促進が図られていますが、累計投資総額がおよそ300億円といったところですので、農業の生産自体に対するファンドを通じた資金供給は、ごく低いレベルに留まっています。
一件あたりの出資金額についても差異があります。下図に示すように、世界の2020年のアグリ・フードテックの資金調達額は、中央値でみても、シリーズAで7億円、シリーズBで17億円、シリーズC、Dになってくると、40~50億円を超えてくる状況です(AgFunder調べ)。日本の場合は調査として整理されてはいないのですが、平均としてシリーズC、Dでもおよそ数億円程度と、一桁小さい金額になるような状況だとみています。
トップクラスになってくると、例えばコロナ禍の昨年も、ソフトバンクの出資する米国の植物工場のPlentyが150億円近く調達し、伊藤忠が出資する農業資材のオンライン販売やデジタルファーミングを手掛けるFarmers Business NetworkがシリーズFで約280億円を調達、植物肉のImpossible Foodsは2つのラウンドで800億円近くの資金調達に成功などの華やかなニュースがありました。日本だと、業界トップクラスのスタートアップで、例えば畜産IoTのファームノートが2016年からの累計で26億円、植物肉のDaizが今年のシリーズBまで累計31億円弱となっており、やはり一桁小さいという状況かと考えられます。ただ、本年3月には米国で、日本人が設立した日本品種のいちごの持続可能な植物工場の建設を目指すOishii FarmがシリーズAでトヨタや住友の出資するスパークス「未来創生2号ファンド」やソニーイノベーションファンドなどから約55億円の調達に成功しており、今後の日本の大手企業の農業に対する関心の高まりや大型資金提供の可能性を予兆させてくれます。
日本の課題とインプリケーション
続いて、世界に比べて遅れをとる現状における課題と、それをどのように変革できるかというポイントについて、パネルディスカッションを行いました。
日本農業の内藤氏は、農地・農業ファンドが日本で今後成長するための要素として、1)ユニットとしての経済性(ユニット・エコノミクス)、2)そのユニットが大規模化できるかどうか(スケーラビリティ)、3)その大規模化実現のための資金投入がなされているかどうか、という3点をとりあげました。1)ユニットとしての経済性では、日本の様々な品目のベストプラクティスではEBITDAで30~40%を実現している経営も多くあり、テックを通じた大幅な生産性改善余地や、販売チャネル構築による単価のアップや相場リスク削減の余地が残されており、ある程度成り立っていると考えられます。一方で、2)のスケーラビリティについては、分散錯圃や農地法の制限等の集約可能性の問題のほか、規模拡大した時に効率や品質を落とさないオペレーションの在り方など、色々今後解決するべき課題が残されています。3)の資金投入について、農業には今後発展の機会が多く残されていると考えており、まずは事業サイドが成長産業に成長していくベースを築くこと、そのうえでより民間の投資家が投資しやすい環境を整えていくということが必要だとの指摘がありました。
ルートレック・ネットワークスの佐々木氏からは、日本と世界のアグリテック・フードテック企業が見ている市場規模の違いについて言及がありました。海外進出を視野に入れていくことで、ビジネスの規模感が大きく変わってきます。特に、佐々木さんとしては日本の農業に近いアジア市場の攻略を今後の鍵と考えています。また、他のテックスタートアップと比べると、農業の特性としてPDCAサイクルを回すのが農業の作期に合わせることが必要になってくるので、どうしても通常の数年~10年以内にエグジットが必要なベンチャーキャピタル投資と時間軸を合わせることが難しく、ベンチャーキャピタルを卒業した後にエグジットで引き受けることのできるセカンダリのプライベートキャピタル投資ファンドや、事業会社の投資の成長が必要と考えています。また、今後の社会の変化を見据えて、SDGsの側面からアグリテック・フードテックが社会にどのように貢献できるかということを考えることの重要性も指摘されました。
三井住友銀行の末廣氏からは、例えばESG投資が国内外でここ数年3~4割増の急速な成長を見せていることに比べると、国内の農業へのPEファンドの動きは実際に弱いところがあるとのことでした。SMBCとしては独自に開発した「食・農評価基準」を活用した食・農評価融資を行っており、70社に対して既に500億円程度の融資を実行した実績があり、特に自社で農業を行っていることの強みが活かされているとのことです。やはり、金融機関としては、顧客から預かっている大切な資金を投入するにあたっては、投資・融資に関わらず、投資先には明確なビジョンや財務・会計などのきちんとした数字の裏付けが必要であること、そして企業側が金融機関が必要な情報を整理・開示することの重要性が指摘されました。一方で、これまで政府系金融が中心となっていた農業分野でも、今後大型化するにつれて民間のファイナンスニーズが向上すると見込まれることから、金融機関の側も「目利き力」を向上させていくことが必要です。
また、末廣氏は、ESG投資・SDGs投資では10年を超えるようなスパンの長い投資を扱うのは実際には難しいとコメントし、長期ファイナンスを実現する一つのアイディアとして、ポジティブ・インパクト・ファイナンスを紹介しました。環境や社会等に対するインパクトをKPI化して、それを投資判断基準に入れるという投資の方式で、特に農業は雇用の促進などを通じて地域の創生にもつながることから、こういった方式に対する親和性が高いのではないか、とのコメントがありました。
モデレーターの西村あさひ法律事務所 杉山氏からは、2021年4月の投資円滑化法の改正で同法に基づく投資が農業法人だけでなく、流通業者やアグリテック・フードテック等の周辺企業や海外法人へ対象が広げることができるようになった事や、同年3月に公布・施行された農地法施行規則改正によって再エネと農業の組み合わせでの投資がより促進される形なった事、2019年施行の農業経営基盤強化促進法改正により農業法人のグループ化経営が可能になった事などの紹介があり、それぞれ今後の農業分野への投資拡大に対して一定のインパクトを与える可能性が示されました。
日本の食農投資、アグリテック・フードテック投資の面から、規模を拡大するための課題と解決に向けた様々なアイディアまで、短い時間に大変幅広いトピックがとりあげられ、有意義で興味深いパネルディスカッションになりました。以下のリンクから、アーカイブ展示において7月30日まで視聴できますので、ぜひご覧いただければ幸いです。
AG/SUMホームページにて要入場登録。登録は無料。
https://agsum.jp/
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