2022年6月8-9日にPEIが開催したResponsible Investment Forum: Tokyo 2022(RI Tokyo 2022)のパネルディスカッション「Agri Panel: Investing in sustainable food(農業パネル:持続可能な食に投資する)」にて、弊社代表小倉がモデレーターを務めました。

この1~2年、日本の機関投資家は、海外の森林・農地投資や、国内のフードテックVC投資などへの取り組みを始めています。ただ、ESG/インパクト投資などの責任投資についての日本の機関投資家の興味は、再エネや労働環境等に集中、「持続可能な食」に対する関心は高いとはいえない状況です。今回、パネルディスカッションでは、日本が今後、「持続可能な食」に対してどのように責任を果たすことができるか、という点を議論しました。日本は、農業者の高齢化や食の安全保障等の深刻な課題を抱えており、世界の議論とアクションに日本として貢献できることは多いと考えられます。メロスとしても、こういった機会を活用して、積極的な情報発信に取り組んでいきたいと思っております。

Impact Investment Forum: Tokyo – Embarking on your impact journey-インパクト投資と農業

農業パネルは、RI Tokyo 2022の2日目のプログラム「Impact Investment Forum: Tokyo – Embarking on your impact journey(インパクト投資フォーラム 東京: インパクトの航海に乗り出そう)」の一環として、食農分野のインパクト投資にフォーカスを当てたものです。メロスでは、これまで3~4年にあたって、フード&アグリに係るESG投資/インパクト投資の国際的な潮流を追いかけており、今回の農業パネルの設置に全面的に協力しました。

イベント主催者のPEIからは当初、「農業パネル:持続可能な食への投資」において、「ファンドマネジャーは、農業のレジリエンスをどのように評価しているか」「農業投資が、どのようにSDGsの達成に寄与できるか」、「農業投資で、どのようにインパクトを計測しているか」、という3点を議論してほしいというリクエストがありました。

しかし、国内に食農にかかるインパクト投資家がいない現状を鑑み、今回は一歩引いて、1)持続可能な食農システムに投資するというのはどういうことか、2)日本の機関投資家にとってどんな課題があるか(なぜ取り組みができなかったか?)、3)今後どのような機会があるか(日本の機関投資家は、持続可能な食システムの構築にどのように貢献できるのか?)、という三点で、パネルディスカッションを構成しました。(ちなみに、食農投資ファンドが、「どのようにインパクトを創造しようとしているのか」、というのは、メロスで追いかけているテーマであり、今後機会があればぜひ議論したいと考えています。)

パネラーには、2019年に日本の機関投資家として、初めて米国を代表する食農インパクト投資ファンドを運営するEquilibriumの大型太陽光利用型温室ファンドへ出資された日本政策投資銀行(DBJ)から同チームをリードされた企業金融第3部 課長 杉浦克実氏と、国際的な食農課題解決を視野に培養肉製造を支えるインフラシステムの開発を行うインテグリカルチャー CEO 羽生雄毅氏を迎えました。

ディスカッションでは、特に以下の3点が興味深いポイントでした。

1)日本の機関投資家は、過去2年で、海外の森林投資・農地投資・フードテック投資の取り組みを開始

会場で話をした機関投資家のいくつかは、過去2~3年間の間に、森林投資や農地投資を開始したと述べました。さらに多くの機関投資家が、現在真剣に検討していると述べています。

特に、杉浦氏からは、日本の民間の機関投資家からDBJにアドバイスを求める問い合わせが増加しているとのコメントがありました。気候変動対応で、カーボン・クレジットに対する関心が高まる中、特に森林投資への関心が高まっています。大きなニュースとしては、豪州の森林ファンドマネジャーであるNew Forestsを三井物産と野村グループが買収したというものがありました。また、毎年のインカム・ゲインが見込まれ、株式相場との相関が薄い農地・農業投資に対しても、ポートフォリオの分散を目的として取り組みを開始若しくは検討するプレイヤーが増えています。

国内への食農投資については、農地法等の規制の関係から農地投資は依然として選択肢にはできない状況ですが、住友林業が国内外の森林へ投資する新しい投資ファンドの設立を発表するなど、森林投資の今後の可能性に目が向けられるようになっています。さらに、多くの国内ベンチャーキャピタルがフードテックに注目しており、今年、kemuri venturesが国内初のフードテックファンドを立ち上げました。

取り組みが遅れた理由は様々ありますが、杉浦氏によれば、一つは、日本の機関投資家が注目を始めた時期が、残念なことにちょうどコロナの蔓延時期と重なってしまい、実際に投資対象である海外の森林/農業の現場に訪問できない事態となってしまったことで、結果として決断が遅れてしまった側面があるようです。DBJは幸いにして、国外に同行が構えている事業所を活用して、現場を確認するプロセスを踏むことが可能でした。

また、日本の機関投資家の多くはゲートキーパーを利用しています。また、依然として言葉の壁があることから海外ファンドの国内代理人であるプレースメントエージェントの存在も重要な要素になっています。ここ1~2年で、海外の森林・農業ファンドのプレイヤーが日本に営業所を置いて日本人担当者を置く例が出始めているとともに、日本のプレースメントエージェントを起用する例が増えています。このため、今後、海外に拠点を持たない機関投資家も、森林・農業を扱えるプレースメントエージェントやゲートキーパーの拡大によって、この分野の検討ができるような状況が整ってくると考えられます。

2)とはいえ、日本の機関投資家の「サステイナブルな食農」に対する関心は高いとはいえない

ESG投資から一歩進め、社会的・環境的に正のインパクトを与えることを目的とするインパクト投資は、EUタクソノミー制定などにも後押しされ、国際的に拡大を続けています。様々な投資分野の中でも、食農は最も注目が高く、インパクト投資家のボランタリーな組織であるグローバルインパクト投資ネットワーク(GIIN)のアンケートでは、インパクト投資ファンドの6割が食農分野をスコープに入れていると返答しています。運用資産残高では、再生エネルギー、金融、森林に次いで、9%が食農関係でした。インパクト投資全体で約70兆円程度の運用資産残高であることを考えると、およそ6兆円規模が食農分野に投じられている推計になります。

一方で、GSG国内諮問委員会の最新のアンケートでは、日本国内のインパクト投資ファンドで食農を視野に入れるファンドは3割あるものの、投資残高ではわずかに0.3%と、日本では食農分野にはほとんどインパクト資金が投じられていないことがわかります。国内のインパクト投資家の関心は、もっぱら再生エネルギーと、労働・女性活躍、ヘルスケア・医療・福祉に集中しています。

議論では、羽生氏が、本イベントのランチ問題を提起しました。今回のイベントのランチは、コロナの影響でビュッフェスタイルではなく、豪華なお弁当でしたが、皆さん名刺交換に忙しく、お弁当はあらかた手つかずという状況。真剣に責任投資を考えるというイベントの会場で、こういったフードロスが大量に発生していることについて、イベント参加者間での議論は出ませんでした。「持続可能な食」に対する真剣さ、心からの理解が、まだまだ不足しているという点を象徴しているのではないか、と指摘されました。

3)日本は、農業者の高齢化で世界のトップランナーで、かつ食の安全保障の面から世界の議論をリードできる可能性がある

ただし、羽生氏は、特に「食の安全保障」では、日本から発信できる余地がまだまだあるといいます。例えば培養肉の分野では、欧米の当初の関心はアニマル・ウェルフェア(動物愛護)やベジタリアンからスタートしています。しかし、インテグリカルチャーでは、世界的に今後、特に新興国の経済発展によるタンパク質供給の不足が起こることが予想されることから、培養肉はタンパク質の供給確保を通じて、世界の食の安全確保に寄与できる可能性があることを、当初から、国際的な議論の中で訴えるようにしてきました。その結果、現在では、培養肉の多くのプレイヤーが食の安全保障に対して言及するようになりました。

確かに、欧米は、基本的には農作物の輸出国であり、特に食肉の消費が多く、今後は環境面だけではなく健康面から考えても食肉消費を減らす方向で議論が進んでいます。それに比べると、日本をはじめとするアジアの文脈では、栄養面から考えても植物性タンパク質だけでなく、動物性たんぱく質供給も増やしていく必要があります。特に多くの食料を輸入する日本では、「食の安全保障」に対する国民の関心は非常に高いものがあり、心に響く切実なテーマです。

杉浦氏からは、海外の農地ファンドの中には、農地だけでなく、流通や加工を含めた食のサプライチェーン全体を投資対象にするようなファンドが増えており、こういった取り組みを通じて食の供給の安定性に貢献するという金融モデルは、日本にとって学びも大きいため、今後注目される投資機会であるとコメントがありました。

また、本イベントの冒頭で、新生銀行で日本の民間金融機関初のインパクト投資ファンドを設立した高塚清佳氏が、日本は高齢化社会で世界の最先端を走っており、この分野については日本の経験から世界に貢献ができるとのコメントがありました。農業分野をみると、まさに、日本は農業者高齢化については、世界のトップランナーです。日本の農業従事者の平均年齢は69歳を超えていますが、農業者の高齢化は世界共通の課題です。羽生氏からは、日本がこの課題に取り組むことで、世界に与える示唆は非常に大きいのではないか、と指摘がありました。

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今回、イベントのパネルディスカッションやイベントの参加者との意見交換を通じ、過去2年間で日本の機関投資家が、海外の森林投資・農地投資・フードテック投資などの取り組みを始めてきたことが、実感できました。しかしながら、ESG/インパクト投資などの「責任ある投資」の文脈からは、日本の機関投資家の興味は、現状では再エネや労働環境、ヘルスケアに集中しており、「持続可能な食・農」に対する関心は、決して高いとはいえない状況です。パネラーから指摘があったように、日本は、農業者の高齢化で世界のトップランナーで、かつ食の安全保障の面から世界の議論をリードできる可能性があります。食料輸入国の一つとして、日本が持続可能な食・農に対して責任を果たすことは、今後ますます重要と考えられます。今回、こういった発信の機会を頂き、嬉しく思うとともに、今後もメロスとして日本での議論の活性化に貢献したいと考えています。