農林水産省は、2021年5月「みどりの食料システム戦略」を策定、日本の農林水産・食品分野を持続可能なものに転換にするための、具体的な目標と戦略を明らかにしました。日本政府が食システム全体の持続可能性に向上にフォーカスした初めての政策になります。今後の日本の食システムにとって、大きな変革の転機となるでしょうか?

なぜ「みどりの食料システム戦略」を出したのか?

「みどりの食料システム戦略」は、前年の2020年に発表された米国の「農業イノベーション・アジェンダ (Agricultural Innovation Agenda)」とEUの「農場から食卓へ戦略(Farm to Fork Strategy)」に触発されています。

EUは、2019年に「欧州グリーンディール」で2050ネットゼロを掲げ、これをEU政策の中心に位置づけるなかで、その一翼を担う農業政策として2020年5月に「農場から食卓へ戦略(Farm to Fork Strategy)」を発表しました。具体的な目標値を掲げているのが特徴で、2030年までに化学農薬の使用とリスクの50%削減、化学肥料の使用の20%削減、農地の25%を有機に転換などが含まれています。EUはこれを受けて、2021年に共通農業政策(Common Agricultural Policy – CAP)を大幅に改訂しました。新しいCAPは2023年から施行されますが、この中でEUの農業生産者の経営所得を支える直接支払いに対する環境要件のリンクを大きく強化し、目標達成を強力に促す仕組みを整えました。他方で、持続可能な農業の実現にはコスト増が見込まれるため、域内農産物の競争力を維持するため、通商政策で他国にも同等の水準の環境要件を求める貿易障壁を課す可能性が高いと見込まれています。

一方、米国農務省はそれに先立つ2020年2月、イノベーションを促進して米国の農業が2050年に農業環境プリントを半分に削減する中で、農業生産の40%増を目指す「農業イノベーション・アジェンダ (Agricultural Innovation Agenda)」を策定しています。関連業界から幅広い意見・要望を集約し、合意した目標に向けた研究開発投資を加速させることが主眼です。米国農務省は、EUが「農場から食卓へ戦略」の目標を厳格に達成した場合、欧州の農業生産は12%減少すると予測、EUの政策は世界の食料安全保障と貿易阻害に繋がると警鐘を鳴らしています。

こういった形で、持続可能な食料システムの理念と実現に向けた施策について、国際的にリーダーシップ争いがおこる中、日本政府も「積極的に提唱し、国際ルールメイキングに参画する」1 ため、2021年5月に「みどりの食料システム戦略(みどり戦略)」を発表しました。日本の農林水産・食品分野を持続可能なものに転換にするための、具体的な目標と戦略が含まれ、日本政府が食システム全体の持続可能性に向上にフォーカスした初めての政策になります。

もともと、2020年1月に内閣府が策定した「革新的環境イノベーション戦略」が背景となって検討されていた農林水産省の環境政策方針を踏まえながら、2020年10月の管元首相の2050ネットゼロ宣言を受ける形で、翌年5月に「みどり戦略」が策定されました。

「みどり戦略」の背景としては、気候変動の影響で大規模自然災害が頻発して安定的な農水産物の供給が脅かされていること、農林水産業・食品産業による環境負荷の軽減と地球環境の維持が求められていること、新型コロナによるサプライチェーンの混乱などが挙げられています。なかでも、日本の農林水産業に特徴的な課題としては、農業従事者の高齢化と減少が加速する一方で、大規模化の遅れによって生産減に直面していることが挙げられます。このため、「みどりの戦略」でも、労働負荷軽減と生産性の向上を最重要のポイントの一つとしています。

有機農業地の拡大が鍵となる

「みどり戦略」が掲げる数値目標のうち、特に食品・農業界で大きく注目を集めている目標が「2050年までに耕地面積に占める有機農業地を25%(100万ha)に拡大する」です。

2020年において、日本で有機農業が行われているのは農地全体のたった0.5%。それを25%までに拡大するということは、残りの30年で50倍にするということであり、現実的でないという批判の声が上がるのは当然のことでしょう。

日本政府が、有機農業の展開を求めるのには、SDGsや持続可能性の向上以外の要素もあります。日本政府として、2025年までに年間2兆円、2030年までに5兆円分の農林水産物の輸出を目指す姿勢を明確に打ち出しています。2021年の輸出額は約1兆円であり、高い輸出目標を達成するために、海外市場でも需要のある有機農産物の生産量を増やす必要があると、日本政府は考えています。

有機農業が、日本でなぜ拡大が遅いのか?

有機農業が日本でそれほど進んでいないのにはいくつか原因があります。一つは、高温多湿な気候です。雑草や病害虫が発生しやすく、農薬や殺虫剤・殺菌剤を使わない有機農業には非常に困難な気候であり、簡単に拡大することは難しいのです。除草のコストが非常に高いことが指摘されていますが、有機農家が栽培面積を拡大しない最も重要な要因として挙げられています。また、病虫害の発生リスクが高く、一度防除を行うと、再度有機の認証を受けるまで2年かかるので、高いリスクとなっています。もちろん日本でも有機農業は不可能ではありませんが、大規模な有機農業のビジネスとしてのノウハウがまだ確立していない状況だと考えられます。

一方で、日本では、輸入農産物に比べ、国産農産物への消費者の信頼が非常に厚い特徴があります。消費者は、慣行栽培であっても、喜んで割高な国産農産物を購入しています。国産農産物に満足していて、さらに割高となる有機農産物になかなか手が伸びてきませんでした。

写真は東京都のスーパー。有機農産物は特設コーナーに売られたり、値段が普通の野菜より2倍ほど高く販売されたり、まだ普段の食材としては選ばれにくいかもしれません。

日本の農地25%を有機農業地にすることは本当に可能なのか?

「みどり戦略」は、基本的には2040年までに革新的な技術・生産体系の開発を行い、2050年までに政策を通じてその技術を社会実装する、という2段階の目標達成を目指しています。

主要な目標が2050年という長期スパンであることに対する批判を受けて、農林水産省は2022年6月に、2030年を目標年とする中間目標を発表しましたが、有機農業地拡大に対する中間目標は示されませんでした。

農林水産省では、2050年までに有機農業地25%の目標を達成するため、まず技術開発として、除草ロボット、AIを使った土壌の診断システム、低コストで有機肥料を製造する技術など、研究開発への資金援助を行うと発表しました。

有機農業の労働負荷軽減・生産性向上に寄与する技術開発を、まずは達成するという方針です。これができなければ、日本農業の最大のチャレンジとなっている「労働負荷軽減と生産性の向上」に対して、有機農業地25%への拡大を推進するのは、まったく整合性を欠く形になってしまいます。

他に、有機農産物を扱う食品メーカーや物流業者に対する税制優遇措置も検討しています。

また、今年の6月に閉会した第208回の国会では、「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律(みどりの食料システム法)」が採択され、7月から施行されています。都道府県や市町村が計画を作り、それを国が承認、県や市町村に対して交付金を支給する仕組みです。有機農業については、特定区域が指定され、その農用地の所有者全員が合意した上で、市町村長等からの認可を受ければ、支援が得られる仕組みとされています。

因みに、予算措置としては、令和4年度予算で「みどり戦略」に基づく技術開発・実証に約35億円、みどり戦略総合対策に約8億円となっており、他に、他費目からの流用で事業を推進するとしています。農林水産省全体では2兆円を超す予算規模であり、予算の多くを占める土地改良等の公共工事や転作支援は、「みどり戦略」とはまだ十分にリンクしていない状況です。もちろん、有機農業拡大に対する予算はこの内数となりますので、充てられている金額もまだごくわずかです。

日本の農業政策の中長期政策を規定している「食料・農業・農村基本計画」も、最新の計画は「みどり戦略」設立以前の2020年に策定されており、次の改訂は2025年まで待たなければなりません。

つまり、現状のところ、「みどり戦略」としては、有機農業拡大に向けた短期的な目標数値や、農業者レベルでの大規模な有機農業取り組み導入に繋がる具体策を、まだ十分に提示できているとはいえないと考えられます。

最初に述べたように、EUや米国をはじめとする世界各国で、農業・食料の持続可能性の定義づけや、国内政策における本格的な取入れ、通商政策への反映が今後急速に進むと考えられる状況の中、日本ではまだ農業政策の中心にはなっておらず、周辺的な扱いに留まっているようにみえます。「積極的に提唱し、国際ルールメイキングに参画する」ためには、日本の食料・農業政策において、持続可能性を方針の中心に据えて、動きを加速させることが求められると考えられます。

今後も、メロスでは、「みどり戦略」がどのように具体的な施策として推進されていくのか、注視していきたいと思います。

「みどり戦略」の主要目標

脚注:1 農林水産省2021年「みどりの食料システム戦略」4ページ