気候変動対策の一つとして特にこの2年ほど、欧米を中心に農業からのカーボンクレジットを生成するプログラムの取り組みが拡大しています。農家にカーボンオフセットを生成してもらい、それを民間企業に直接販売したり、あるいは炭素市場で販売したりするものです。今後、この動きはどれくらい本格化するのでしょうか?
農業からのカーボンクレジットは、農家にとっては追加的な収入機会ともなり、それを指してカーボン農業やカーボン・ファーミングという言葉も聞かれるようになりました。欧州のFarm to Fork政策や米国のインフレ削減法によって、政策的に強力に後押しする方向性も固まりました。その中で、農地からのカーボンクレジット創出のための方法論には多くの課題も指摘されて批判が高まるとともに、またそれを受けて改善につなげるための議論も活発化しています。
メロスでは、世界の農業からのカーボンクレジットのビジネス化の動きをレビューしながら、今後の道のりと課題を検討しています。
1.農業分野においても、吸収と排出削減の両面からカーボンクレジットの創出が可能
農業分野からは、どのような方策でカーボンクレジットの創出が可能なのでしょうか?
まず、排出側についてみると、農業分野は、世界の温室効果ガス排出のうちおよそ2割を占め、排出削減による効果は大きいと考えられ、期待されています。
特に、農業からの温室効果ガス排出では、家畜由来のメタンなどの排出が6割を占めます。飼料の改善や排泄物の管理によるメタンガスの排出削減は、大きいインパクトをもたらす可能性があります。例えば、豪州では、連邦政府クリーンエネルギー統制機関が豪州炭素クレジット(ACCU)を発行し、それを売買するという、政府の関与する仕組みが導入されていますが、その枠組みで既に大規模な牛群に対して既に、複合的な観点から飼養方法を改めることでACCUが既に発行されています。また、カリフォルニアでは、キャップアンドトレードのもとで排泄物からのメタンガス回収装置によりカーボンオフセットを得られる仕組みで、これに対する手厚い補助金支給もあり、急速に取り組みが拡大しました。更に、飼料の改善による腸内メタン排出削減のクレジット化に向けて、プロトコルの整備が進められています。日本でも、家畜飼料改善や排泄物管理による家畜排泄物中のメタン削減については、既にJ-クレジットの方法論が認定されています。

出所)FAO
次いでGHG発生源として大きいのは、窒素肥料の施肥による亜酸化窒素の発生で、およそ12%を占めると考えられます。豪州では、灌漑綿花でまずとりくんでおり、窒素肥料の削減と緑肥等を組み合わせた形でACCUの発行が得られます。
また、稲作からもメタンが発生し、これが炭素換算で9%を占めます。水田の湛水状態下で、嫌気性のメタン生成菌が活動し、メタンを生成するためです。中干しなど、間断灌漑を取り入れることで、発生を抑制することが出来ます。米国では、Microsoftにクレジットを販売した案件事例があるほか、日本の研究機関や県、スタートアップも、稲作からのメタン排出削減に取り組んでいます。
一方、GHGの吸収側としても、農業分野による貢献が期待されています。最も注目されているのが土壌への炭素貯留です。土壌は海洋に次ぐ2番目の炭素貯留倉庫です。管理方法の改善によって、土壌への炭素貯留を増やすことができることが分かっており、海外では民間の取り組みが広がっています。次の節で詳しく見ていきます。
他に、アグロフォレストリーといって、農業を行う土地に植林をして農業と林業を一緒に営む方法や、農地の一角に原生林の保護地域を設ける方法もあります。更に、新しい方法として、農地へのバイオ炭の施用も注目されています。炭素を貯留するほかに、土壌水分を保ち、保肥能力を高め、微生物の環境を整える効果もあると期待されています。バイオ炭は、日本のJ-クレジットでも方法論が認定されており、1号案件が認証されています。そのほか、土壌への菌類による窒素やメタンの固定も検討されています。

2.再生可能農業と土壌への炭素隔離への注目が断続的に続いてきたが、ここ2年で再び大きな潮流となっている
特に、豊かな土壌に着目した再生可能農業を推進する国際的な流れに呼応する形で、土壌への炭素貯留からのカーボンクレジット創出が高い注目を集めています。
土壌科学者であるラタン・ラル博士の推計によると、世界の土壌における炭素蓄積量を見積もるとおよそ1,505ギガトンで、植物体の蓄えている炭素の2倍以上になります。植物体が光合成により吸収された二酸化炭素が、土壌に残渣としてとりこまれると、蓄積された有機炭素は微生物により分解されて再び大気中に放出されますが、一部は土壌に長期間貯留されます。土壌中に蓄えられる有機炭素を、土壌有機炭素(SOC)と呼びますが、農地の管理方法を見直すことにより、土壌有機炭素の土壌中への貯留と隔離を増やすことができ、それによって大気中の二酸化炭素を減らすことができるという方策です。
現在炭素貯留で最も注目されている森林でも、蓄えられている炭素のうち実に45%は土壌に蓄えられています。農地は、地球上の陸地の3割を占め、面積で約4,800万ヘクタールと森林を上回ります。この広大な農地の持つポテンシャルを、最大限に発揮させることが必要です。
農地管理の向上によって土壌の炭素貯留を高める手法は、1997年の京都議定書ですでに、各国の二酸化炭素吸収活動として認められていました。ただ、当時、農地管理を吸収源対策として選択したのはカナダ、スペイン、ポルトガル、デンマークの4ヶ国に留まりました。その後、2015年のパリ協定に至って、土壌炭素貯留のもつ重要性とそのポテンシャルに対して注目が集まり、フランス政府が呼びかけ、4‰(パーミル、1000分の1)イニシアチブが開始されました。土壌中の炭素量を4‰/年増やすことができれば、大気中の二酸化炭素増加をゼロにできるとの想定のもと、各国に土壌管理の改善に取り組むよう促しました。こういった流れを受け、2010年代後半にかけて、MicrosoftやFarmers Edgeなど、様々な主体が実証プロジェクトを施行しました。ただ、これら実証プロジェクトは単発的なものが多い状況にとどまりました。その後、EUがGHG削減目標を改めるなどによってカーボンクレジット価格の上昇が顕著となった2020年に入ると、注目と資金が一気に高まる形で時機が到来した形です。

出所)Carlos E. P. Cerri, et al., 2021, Soil carbon sequestration through adopting sustainable management practices: potential and opportunity for the American countries by IICA
土壌の炭素貯留を高める手法として、世界で特に推進されているのは、カバークロップ(被覆作物/緑肥)の導入と、収穫後の耕作地の耕起を行わない不耕起(no-till)とストリップ耕起(作物を植え付ける列だけ耕起する)などの耕起を減らす(reduced-till)取り組みです。これらにより、土壌の浸食を抑えることができ、土壌有機炭素の蓄積が増加すると考えられています。また、放牧地においても、粗放的で荒廃した牧草地管理を改めることで、牧草の品種の多様化や密度の向上、あるいは根張りが特に優れる熱帯牧草品種の導入等で、炭素貯留を高めることができるとの研究開発が進められています。
カバークロップや不耕起などの方策は、農地の保水・保肥機能をあげて、土壌の団粒構造に良い影響を与え、窒素肥料削減と農業の生産性向上につながる効果があることから、2000年代には北米・中南米や欧州で広く実践されるようになっていました。特に、不耕起については、大豆などの主要作物の種子に、1997年以降、遺伝子組み換えなどによって、除草剤耐性の性質が導入されたことが、北米・中南米で、不耕起栽培を拡大させることに大きく寄与しました。もともと、耕起の目的の一つに、雑草対策がありました。しかし、育てる作物が除草剤耐性になったことによって、播種直前に除草剤を散布し、雑草を枯らすという対応が可能になりました。不耕起用の大型の播種機も開発されており、これを活用し、地中に種子をドリルで埋め込みます。こういった技術革新によって、米国では既に約半数の農家が、4年に1度は不耕起又はストリップ耕起を取り入れています。

不耕起によって土壌の団粒構造が保たれ、地表が残渣で覆われることで、水分や肥料を保つことができる。
特に、2010年代後半から、「再生可能農業(Regenerative Agriculture)」という言葉が生まれ、まだ正確な定義づけはないままですが、土壌の豊かさを育むことに着目した持続可能な農法を指す言葉として、農業者の側から、また農業に係る企業や投資家、そして研究者らも使うようになり、一般に認知が広がりました。米国のコーンベルトに代表される穀倉地帯は、もともと草原地帯として有機質に富む豊かな土壌を抱えていました。長年の耕作によって、風や水による表土の流出が起こり、その豊かな土壌が年々減少していることが分かっており、これが危機感の背景にあります。
不耕起栽培は経済的に利益があって取り入れる農家は増加傾向で推移していましたが、輪作にカバークロップを取り入れるのは短期間の直接的な利益につながりにくく、コスト増になるため、まだまだ取り入れる農家は少ない現状がありました。この2~3年で、炭素クレジットへの需要増と、さらに将来的に需要が一層拡大するという見通しのもと、土壌への炭素隔離に対して、それに基づいたクレジットの創出をし、農家に還元することによって、農家に対して追加的なコストを負担するインセンティブを生みつつ、ビジネスとして成り立たせる可能性を探る動きが活発化しました。
土壌有機炭素の測定は簡単ではなく、実際に土壌を回収して数値を測るにしても、農場のどの部分のどれくらいの深さをどれくらいのプロットで測るのが適切か、回答は出ていません。また、実際に土壌を回収して測定するのは、非常にコストがかかり、生み出されると考えらる炭素クレジットによる追加的収入では賄えない可能性があります。そのため、衛生写真やドローン/航空写真等の活用も並行して進められています。どのようなプロトコルであれば合意が可能なのか探る中で、既に一部が先行してビジネスベースのプログラム運用を開始しています。
3.農業からのカーボンクレジットを生成する民間のプログラムが急増するなかで、政策的な支援も拡大している
農業からのカーボンクレジットの生成は、ちょうど発展途上の段階になります。現在、個別農家が参加できる様々なプログラムが、スタートアップや大手企業によって提供されています。多くは、それぞれ独自にプラットフォームを立ち上げ、独自のプロトコルに基づき承認し、提携するクレジットの買い手に提供するという形になっています。一部で、サードパーティのレジストリ機関からプロトコルの承認を得て、認証を経て取引されるという、従来の自主炭素市場の取引慣行にのっとり、カーボンクレジットの品質を確保するという取り組みも始まっています。
従来、民間主導の自主的なカーボンクレジットを認証してレジストリを行ってきたサードパーティの管理機構に、VerraやThe Gold Standard、Climate Action Reserve、American Carbon Registryなどがありますが、いずれもこれまでGHG排出抑制や土壌炭素貯留を含む、農業に係るいくつかの方法論を承認してきています。例えばVerraでは、農地管理の向上や牧草地管理の向上、飼料改善によるメタン排出削減などが承認されています。
スタートアップの中でも比較的早くから取り組みを始めたのが、微生物による種子コーティングから出発したアグリテックのユニコーン企業Indigo Ag(住友商事が出資)で、2019年から取り組みを開始し、Climate Action ReserveとVerraの方法論(Verraの土壌炭素貯留に係る方法論VM0042は、Indigo AgとVerraで共同開発したもの)を活用する形でカーボンクレジットの品質を担保するとしており、2022年6月に初めてCalimate Action Reserveの炭素クレジット創出に至りました。IBMやECソリューション大手のShopifyなど、既に多くの顧客を抱えています。
Flagship Pioneeringが2015年に立ち上げた再生可能農業を支援するための農業プラットフォームCIBOも、2020年に再生農業の農法を導入する農家がカーボンクレジットを取引できるCarbon Impactの提供を開始しました。CIBOは、2022年8月には、Verraに対してVM0042に基づくプロジェクトの申請を行い、現在そのプロジェクトについての検証が行われています。
他の農場管理・経営、資材購買や農産物販売のデジタル化に取り組む他の大手プラットフォーマーも続々と参戦しています。Farmers Business Network(伊藤忠商事が出資)は新たにGradebleというカーボンクレジット取引のシステムを立ち上げ、Farmers Edge(三井物産が出資)はRadicleと組んでカナダで活動を始めています。
さらに、土壌などのカーボンクレジットに注目した新興のスタートアップである米国のNori(トヨタベンチャーズが投資)やRegen Network、英国のBCarbon、ベルギーのSoil Capital、デンマークのAgreenaやCommodicarbon、エストニアのeAgronomなどが生まれています。彼らは、土壌炭素貯留等に関してそれぞれ独自の方法論を策定するとともに、既存のカーボンクレジット市場では、二重取引等の課題が山積しているとして、これを解決するためにブロックチェーンなどを活用した独自の取引プラットフォーム機能を作りあげてきました。こういった取り組みに対して、多額のベンチャー投資資金と、政府や国際機関・基金などからの資金が流れ込んでいます。
大手企業も、こういったスタートアップへの投資や、創出されたクレジットの引受先となるだけでなく、顧客農家との間をつなぐ形での参画をしたり、あるいは農薬・種子大手のBayer、肥料大手のNutrien、大手の酪農協であるLand O’ Lakeなどは、独自のカーボンクレジットプログラムでこの市場に参入してきました。
また、これらスタートアップや大手企業はともに、支援を得て面的な拡大に弾みをつけ、また業界スタンダードを獲得するために、政策的な働きかけも併せて強めています。農業からの炭素クレジット創出は森林に比べると手法が多様で測定が難しく、方法論の確定にあたっての難易度が高いため、標準化に向けて、政府の果たす役割は大きいと考えられます。
政府としての取り組みが進んでいるのは豪州になります。連邦政府クリーンエネルギー統制機関が豪州炭素クレジット(ACCU)を発行し、それを売買する仕組みが導入されています。このなかで、1)牛群のメタン排出削減、2)土壌への炭素蓄積、3)灌漑農業(綿花)における亜酸化窒素排出削減、4)原生林の植栽や再生、の4つがあります。土壌への炭素蓄積では、2021年に初めてACCUが発行され、現在2つのプロジェクトが審査中です。カナダでも、地方政府で取り組みがあります。例えばアルバータ州では州政府が独自に承認するプロトコルのうち、環境保全型作物栽培、牛からのGHG排出削減など4種類が農業に係るものです。
米国では、2022年8月にインフレ削減法が成立する見込みです。気候変動対策が目玉となっており、農業からのGHG排出抑制と、カーボンクレジットの創出に向けたプロジェクトに対するまとまった政府支援が見込まれています。一方、EUでは、Farm to Forkの下で基本的にはカーボンクレジット創出を推進する方向で、EUとしての試験的なプログラムの遂行のほか、フランスやデンマーク等の先行国が事例を積み重ねてきています。EUとしての統一的な方策について、検討が進められています。
4.方法論の確立に向けた議論が加速しており、様々な課題が指摘されている
一方で、民間や政府のプロジェクトで採用されている様々な方法論に対して、関連団体による比較検証も進められています。その中で、実際の吸収量の把握の難しさに加え、追加性や永続性といったカーボンクレジットを創出する際の基本となる要素がカバーしきれないことなど、多くの課題が指摘されています。そういった指摘を受けて、さらに一旦はレジストリ機関が認証したプロトコルの見直しが行われるなど、方法論の改善が急がれており、その中で、前述の政府の果たす役割も今後大きくなる可能性があります。
そもそも、家畜糞尿のメタン発酵など、排出源を直接モニタリングできるものについては測定が容易ですが、土壌の炭素貯留については測定が容易ではありません。土壌中の炭素の動態は複雑で、カバークロップや不耕起による炭素貯留を増やす効果は、一律の数値を謳えるものではありません。前述の通り、実際に土壌を回収して有機質炭素の量を測定する場合にも、統一方策は決まっていませんし、さらにコストがかかります。地域的にも分散しているため、検証にも非常に高いコストがかかります。
このため、航空写真や衛星画像を活用したリモートセンシングでのアプローチも盛んですが、リモートセンシングから土壌中の炭素量を推計する統一した方法についての合意はありません。そして、土壌や気候による地域差が非常に大きく、ある地域の方法論を他の地域で用いることも問題です。過去のプロジェクトに係って、実際に蓄積できると考えられる炭素量に関して、過大評価との指摘がなされたことが多々あります。
また、既存の土壌炭素貯留からのカーボンクレジット創出プログラムでは、そもそものカーボンクレジットの基本原則である永続性という点を確保することが難しくなっています。一般に、100年ほどの永続性が必要とされていますが、農業の場合、農家にそれに対してコミットすることを求めることが現実的でしょうか?実際に運用されているプロジェクトでは、10年間継続するなどの短い期間のコミットで対応しているのが現状です。農法が変わると、蓄積された炭素が大気中に放出されることにもつながってしまいます。
カーボンリーケージ(漏れ)の問題も抱えています。新しい農法が導入された農地の代わりに、他の農地で排出の多い農業がおこなわれる可能性があります。豪州のプログラムでは、カーボンクレジットによる追加収入を得た農家が、それを元手に新たに土地を開墾して農業生産を拡大したとの報告もあります。
追加性の面でも問題があります。不耕起などは既に取り入れている農家も多い農法になっており、プログラムへの参加がなくても、取り組みは拡大する可能性が高いです。また、こういったプログラムが生まれる前から、既に先行的に不耕起やカバークロップなどを取り入れている農家も多く、そういった農家を利することができません。むしろ、後発者を利することになってしまう可能性もあり、例えば将来的に価格があがることを見越して、より遅れて取り組みを開始するという逆のインセンティブになることも考えられます。
日本などの小規模な農家が大勢を占める状況を考えたときには、大規模な農業経営でなければ、カーボンクレジットによる収入が実際に意味を持つ金額にならない可能性が高いことも課題です。土壌炭素貯留を考えた場合、前述のラタン・ラル博士の推計によれば、劣化した農地で保全型の農法を取り入れた場合の土壌炭素貯留の上昇はおよそ0.1~1.5トン/ヘクタールです。カーボンクレジット価格は大きく上昇する可能性が指摘されていますが、例えばの50ドル/トン程度で計算すると、およそ5~75ドル/ヘクタールとなります。一方、日本の平均的な農家のように1~2ヘクタール規模の経営であれば、カーボンクレジット価格がどれだけ上昇したとしても、骨折り損になりかねません。この場合は、県や集落などコミュニティベースのアプローチが必要になると思われます。
一方、これが1,000ヘクタールを超えるような大規模な経営であれば、多少意味のある金額となってきます。特に現在、世界的に農業経営主の高齢化や規模拡大に伴う負債の増加などを背景に、年金基金等の資金を活用した農地ファンド投資が拡大しており、数万ヘクタール規模での展開を行っています。そういった、大規模展開を行う場合には、追加的な収入として想定することも可能ですし、またそのレベルで産業転換を進めることができれば、実際の環境に与えるインパクトも大きいと考えられます。
5.企業の動きが積極化する中で、方法論の確立に向けた議論が加速しており、日本のプレイヤーも積極的に関わっていくことが必要になる
2020年代に入って炭素市場が拡大するにつれ、再生可能エネルギーや、省エネ、その他工業的な手法による温室効果ガスの削減にかわって、植物や土壌、海洋など自然資本の重要性への認識が上昇しています。自然資本の分野では、森林が先行し、2021年には既に自主炭素市場のプロジェクト別取引量では、森林が再生可能エネルギーを抜いて最も重要な方法になりました。
農業からの炭素クレジット創出は森林に比べると手法が多様で、指摘したように難易度が高い状況です。様々な課題が山積する状況の中で、農業分野でのカーボンクレジットの創出への注目は波のように寄せてはかえすという状況を繰り返してきました。現在、これまでで最高潮に盛り上がっている状況ですが、おそらく今後も多くの紆余曲折があることが想定されます。
ですが、農業の温室効果ガス排出量が世界の排出のうちおよそ2割を占める現状、そして、地表の3割を占める農地の持つポテンシャルを考えると、農業分野での脱炭素に取り組むことは、森林と比べても重要性が劣る課題ではありません。
もちろん、農業からの排出を削減するためには、農業自体を減らすことも手段の一つです。実際に、欧州では、Farm to Fork政策の下で、泥炭湿地の農地を水没させて自然に還しています。あるいは、牛肉の消費を削減するよう消費者に呼びかけ、一部の国は廃業したい畜産農家の支援をするようなことも進めています。実際のところ、日本の農業も、従事者の極端な高齢化によって大幅な縮小局面に直面しており、国内の農業だけを見れば、環境負荷は下がる方向にあります。
しかしながら、日本の食料供給は輸入に依存していますし、さらには世界の食料需給をみても、食料安全保障を確保するためには、生産を減らすことは正しい選択肢とは言えません。国際的に安定的な食料の需給を確保することは、日本の食のサプライチェーンに係る企業だけでなく、その他の全ての経済主体にとっても必要不可欠です。
そして、農業の生産性を向上させながら、持続可能性・再生可能性を高めて環境負荷を低減し、GHG吸収能力を高めるためには、資金が必要です。農家に責任を押し付ける形では、業界の転換が進みません。
これまで見た通り、欧米を中心に、企業の動きが加速するなかで、政策的な方向性も固まり、現在は方法論の確立に向けた議論がさらに検討されていく段階になっています。食料関連を始めとする日本のプレイヤーも、ゼロエミッションに向けた環境規制の強化や企業に対する情報開示の制度化、金融機関からのプレッシャー、海外展開の拡大の中で、グローバルな展開に追いついていく必要があります。また、農業における脱炭素は、地域的な要素が非常に強い分野であり、日本からの世界への情報発信も重要と考えられます。
必ずしもカーボンクレジット創出のみが回答ではないと考えられますが、現在、企業がカーボンクレジット創出に積極的な取組を行うこの好機を活用して、プロジェクト資金を確保しつつ、新しい革新的な資金の流れと技術移転の仕組みを作り上げる試行錯誤をすることは、非常に有益です。農業の持続可能性、再生可能性を高めるには、どのような方策があり得るのか、そういったプログラムに充分に投資し、カーボンクレジット創出を一つのオプションとして捉え、自然や土壌、地域社会のために、総合的で幅広いベネフィットを実現し、そこから資金が循環する方策を検討する時機が到来していると考えられます。
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