インパクト投資の資金供給の中で、農業・食品セクターが、最も多く注目を集めていることをご存じでしょうか?先行する米国のインパクト農業投資ファンドは、どのようにインパクトの評価や測定にどのように取り組んでいるのでしょうか?

日本インパクト投資ネットワーク (J-IIN)が2020年8月26日に開催した第2回ウェビナー、「農業セクターにおけるインパクト投資の動向及びインパクト評価/測定について」において、弊社(株)メロスの代表取締役 小倉千沙が、メイン・プレゼンターを務めました。

J-IINは、「Business×Impact」をテーマに、2019年末から活動しており、弊社メロスも創立メンバーの一員として参加しています。J-IINでは、「インパクト投資」が国際的に新しい投資戦略としての認知度を上げていく中、日本では社会貢献的で非営利といったイメージが依然として残っており、また国内問題へ興味が集中していて国際的な舞台で日本のプレゼンスが小さいことを、課題として認識しています。このため、日本の起業家の方々、投資家の方々、双方が集まって、グローバルな状況を視野に入れつつ、フランクにコミュニケーションができる場を作るというのがJ-IINの目的です。

農業・食品分野は、国際的にはインパクト投資で最も注目を集めており、食・農にかかわる起業家の資金調達の重要な手段となってきましたが、日本での注目度はまだまだ低く、弊社では引き続き、農・食におけるインパクト投資のコンセプトの普及に努めていきます。

J-IIN第2回ウェビナー「農業セクターにおけるインパクト投資の動向及びインパクト評価/測定について」

J-IIN第2回目のウェビナーでは、「農業セクターにおけるインパクト投資の動向及びインパクト評価/測定について」をテーマに、15人程度の機関投資家、VCファンド、起業家、コンサルタント等をお招きして開催しました。今回は、弊社メロスより、世界的に急速に拡大するインパクト投資の資金供給の中で、農業・食品セクターが、最も多くのインパクト投資ファンドからの注目を集めていることをご紹介し、またケーススタディとして米国の2つのインパクト農業投資ファンドをとりあげ、それぞれがインパクトの評価や測定にどのように取り組んでいるか、具体例を取り上げました。

インパクト投資と海外農業ファンドの展開

国際的には、2019年時点でインパクト投資の資金規模は、55兆円に達し、1340もの組織がインパクト投資に取り組んでいる一方、日本ではようやく4,500億円規模、17組織のとりくみに留まります。世界のインパクト投資ファンドに対するアンケート調査によれば、インパクト投資の対象としているセクターのうち、食料・農業に取り組んでいる投資ファンドの数は全体の58%にのぼり、エネルギーや健康・医療、教育などの他のセクターを抑えて堂々の一位でした。メロスで主だった農業・食品関連企業のSDGsへの取り組みを調べたところ、各社様々な観点から取り組んでおり、SDGs目標の1から17のうち1社も対象にしていないという目標はありませんでした。改めて、農・食分野はSDGsの全てに関わっているということが実感されます。

農業分野を対象にする主な投資ファンド形態としては、アグリテックファンド(農業関連の新技術開発のスタートアップに対するベンチャー投資)と、農地/農業ファンド(中長期の安定的リターンを求める農地不動産やプライベートエクイティ型のファンド)の二つがあります。2019年の資金調達額は、前者が76億米ドル(Ag-Founder調べ)、後者が36億米ドル(Preqin調べ)と見積もられています。彼らの多くが、ESGやインパクト投資の資金取り込みに非常に積極的に取り組んでいます。

ケーススタディ ― Equilibrium

Equilibriumは、機関投資家向けに持続可能性を追求する実物資産投資を行う米国のインパクト投資ファンド運営企業です。2008年に設立され、米国のインパクト投資ではパイオニアの一つで、2010年にグローバルインパクト投資評価システム(The Global Impact Investing Rating System – GIIRS))で評価を受けた最初の25ファンドの1つです。

2018年に世界で初めて、大規模環境制御型温室に特化したインパクト投資ファンド環境制御型食品ファンド(Controlled Environment Foods Fund)を立ち上げ、336百万米ドル(約350億円)を調達、わずか1年で100ha規模の温室栽培面積の運用に至りました。現在第2号ファンドで、さらなる資金調達を図っています。

投資で買収・設立した大規模温室について、生産企業にオペレーションを委託しますが、オペレーター企業には契約で、日々の生産状況や持続可能性に係るデータの提出が義務付けられており、これを基にEquilibriumが内部に抱えるの大規模温室栽培の専門家が分析・判断し、持続可能性を高めながら収益を上げる方向性について指示や助言をする体制です。水資源や労働等の5つの項目から構成される独自の持続可能性評価指標のマトリックスを作り、インパクトレポートを投資家に提供しています。

ケーススタディ ― Agriculture Capital

Agriculture Capitalは、機関投資家向けに果実やナッツ等の永年作物農業における実物資産機会提供を行う米国のインパクト投資ファンドです。2014年に設立され、第1号ファンドで250百万米ドル(約260億円)、第2号ファンドで548百万米ドル(約570億円)を調達し、米国を中心に、柑橘やブルーベリー、ぶどう、ヘーゼルナッツ等の作物を対象に、農地や施設に対する投資を行っています。

Agriculture Capitalの特徴は種苗・生産から加工・販売までのチェーン全体を包括して自社でコントロールできるフードチェーンをつくることで、加工・販売部門も含めて大規模に統合するによって、市場価格の変動等をリスクヘッジしています。また、ファンド自身がオペレーションを行うオーナーオペレーターであり、農場や工場等を運営する子会社を保有しています。既に8,000haの農地に加え、柑橘やぶどうの種苗やブランドも保有しています。時期資金調達では、数十年にわたる保有を視野に入れた長期ファンドの組成を目指しています。

同社の目標は再生可能農業(Regenerative Agriculture)を実現することで、果樹林の育成による二酸化炭素の回収、水資源利用の最小化、パッキングや加工過程で必要なエネルギーの自給、受粉媒介生物に優しい農業技術の導入、次世代の農業雇用の創出を軸に、各農場や設備ごとに各項目の持続的な改善の様子を、データとして投資家に提供しています。

農・食分野におけるインパクト投資の可能性

インパクト投資では、金銭的なリターンの追求と並行して、環境・社会に対するインパクトの創出を図ることが目的です。社会・環境に対するインパクトを追求するうえでは、どれくらい大きな規模でインパクトを創出できるか、そしてどれくらい長期にわたって持続的なインパクトを創出できるか、という点が重視されています。世界的に、インパクト投資のコンセプトへの理解が進むことによって、資金の出し手側も、通常のプライベート・エクイティ投資より、より長期的な視野で取り組むことの必要性について理解を示すように変化しており、投資の受け手側の投資ファンドも、それに対応してよりじっくりと、大規模なインパクトの創出に取り組むことが可能になってきました。

今回は実物資産型の大規模な農業開発を行う農業インパクト投資ファンドの事例をとりあげましたが、他にも、中南米で小農を巻き込むインクルーシブな農業開発を行うインパクト投資の事例や、アグリテックのベンチャー投資においてインパクトの概念を入れることでより中長期的な企業育成支援を行っている事例など様々あります。

日本を含むアジア・アフリカの農業シーンでは、小農中心の農業形態がまだまだ中心的な存在ですので、参加者との議論では、インパクト投資のコンセプトを、どのように日本やアジア・アフリカの農業に応用できるのか、という点が特に盛り上がりました。アジア・アフリカの農業シーンにおいてもやはり、農業従事者の高齢化や環境保全の必要性、イノベーティブな技術の開発と導入など、共通する課題も多く、いずれにせよ課題の解決のための投資が必要なことは変わりがありません。今後、議論をさらに深めて、インパクト投資の日本やアジア・アフリカ等の農業シーンにおける可能性を探っていきたいと思います。

J-IINをベースとして、引き続きコミュニケーションの場づくりや、情報発信を行っていきます。ご関心のある方は、ぜひご連絡ください。