工場や発電所、空気中などから回収された二酸化炭素をどうするか?地中への埋蔵には資金的にも安全性からも大きなハードルがあるなか、農業生産の過程で、光合成により吸収できる二酸化炭素が注目されています。特に、温室や植物工場など、閉鎖環境での二酸化炭素の「施肥」が広まる可能性があります。
目次:
1.温室栽培における二酸化炭素の利用
植物は、光合成の過程で、気孔から取り込んだ二酸化炭素と水を原料として酸素と糖を生成します。二酸化炭素の濃度を上昇させることで、光合成が促進され、果実やそのほかの植物体の成長が促進されます。
閉鎖的な空間となる温室栽培では、外気の出入りをコントロールしていることから、露地栽培に比べると二酸化炭素が不足しやすく、二酸化炭素を「施肥」することによって、生育促進効果がみられることが、古くから知られています。
特に、温室で栽培されるトマト、キュウリ、レタスなどの作物は、C3植物と呼ばれ、トウモロコシやサトウキビに代表されるC4植物の比較して二酸化炭素の固定能力が高くありません。C3植物は、C4植物に比べ、二酸化炭素濃度の上昇でよりポジティブな反応を示します。
温室内の二酸化炭素は、夜間には作物が呼吸することにより蓄積されます。しかし、日中は光合成によって二酸化炭素が吸収されるため、二酸化炭素の濃度は急激に減少し、作物が必要とする量を大きく下回ります。
このため、二酸化炭素濃度を上げることが、植物の光合成や器官の発達、ストレスへの耐性など、植物の様々な生理活動に影響を与え、収量と品質の改善、さらには光と水の利用効率の改善につながります。
その施用の効果は作物や条件によって異なるのですが、研究では、温室内のCO2濃度を増加させることで、成長量が平均して2割程度上昇することなどが報告されています。
- C3植物:葉の気孔から光合成細胞に入ってきた二酸化炭素を、酵素ルビスコを介して砂糖やデンプン合成のもとになる前駆体に変えるタイプ。ルビスコは炭酸ガスを効率よく捕まえる能力は高くない。
- C4植物:ルビスコの能力を補うため、大気中の炭酸ガスをルビスコの周囲に濃縮する能力を持っている。光合成能力が高い。
2.オランダでの二酸化炭素の利用
オランダは、1980年代から、温室における養液栽培や施設構造改善、環境制御技術、二酸化炭素施肥導入を進めて、大規模温室栽培のシステムを確立させました。それ以降、温室栽培の規模拡大が展開しており、2000年代に入っても、規模拡大の傾向が続いています。2019年時点で、施設園芸における1経営体あたりの温室設置面積は平均2.8haで、3ha以上層が生産面積の85%を占めています。
オランダには、野菜が4,585ha、果実が1,815ha、花き類が2,030ha, 種苗生産が650haと全体で9,080haの温室があります。ワーゲニンゲン大学の研究によれば、野菜では年間およそ36kg/㎡の二酸化炭素供給が必要で、その他の品目も併せると全体でおよそ260万トンの二酸化炭素が必要という計算になります。
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このうち、75-80%がコジェネレーション由来で供給されていると考えられています。オランダでは、温室設備に対して、加温を利用するケースが多く、天然ガス又はバイオマスを活用するコジェネレーション(トリジェネレーション)設備が併設され、温室に熱・電気・二酸化炭素を供給する仕組みが一般的に導入されています。
更に、中心的な栽培地域では、2005年にシェル社の製油所の二酸化炭素をパイプラインを通じて周辺の温室生産地域に配給する仕組みが完成しました。2011年には、Alco社のバイオエタノール製造施設も同システムに二酸化炭素供給を開始しています。全体で、年間、二酸化炭素40万トンを周辺地域の温室に配送しています。特に夏場の暖房の必要のない時期に、こういったシステムが有効に機能します。液体ガスよりコストを抑えた供給が可能になっています。
なおも約10万トン程度は、液化天然ガスを活用しています。液化天然ガスは、圧縮し配送するコストが高いことが難点ですが、暖房の必要がない夏場や、品種によって特に高濃度の二酸化炭素が必要な場合などで活用されています。一般的な液化天然ガスのほか、廃棄物発電所等で排出削減を目指す場合などに、液化天然ガス生成装置を導入して、近隣の温室に供給する事例も生まれています。
なお、オランダの温室での野菜栽培面積は、世界で11番目と日本よりも少ないのです。しかし、大規模なガラス温室での栽培を主体とした生産効率の高い栽培体系を確立したことで、温室における二酸化炭素利用では、長年の蓄積を持っています。近年は、スペインでも温室が盛んなアルメニアにおいて、セメント工場由来の二酸化炭素の農業利用に向けた動きなどがあります。

出所)米国 2017: USDA, Census of Agriculture; オランダ 2019: Statline, Agriculture; 日本 2016: 農林水産省, 「園芸用施設の設置等の状況」; 韓国 2019: KOSIS, 「施設作物の栽培面積」; 中国 2018: 中国国家統計局 「第3次全国農業センサス主要数値公報」を基に、農業農村部2018「我が国施設園芸装備発展現状と提言」より96%が野菜生産向けとして推計; その他 2018: RaboBank World Vegetable Map
3.日本の温室栽培と二酸化炭素
日本の温室栽培面積は縮小傾向にありますが、それでもおよそ3.8万haが設置されています。熊本県や福岡県をはじめとする九州、茨城県・千葉県・栃木県の首都圏近郊と、愛知県、北海道などに分布しています。
このうち、約4割が加温施設ありの温室になりますが、二酸化炭素活用のできる設備を導入している温室は1,900haと、わずか5%にしかなりません。平均年間20トン/haの利用として試算すると、二酸化炭素の利用量は4万トンにしかなりません。
二酸化炭素の施用は、作物、栽培方式、施用方式等によって大きく異なる模様で、県等の推奨利用量にも、5~90トン/ha程度の違いがあります。主に、イチゴ、トマト、ピーマン、キュウリ、ナス、メロンなどの果菜類で利用が推奨されています。
現状、施設園芸で活用される炭酸ガスは、コスト面から大多数が灯油燃焼方式とみられます。ただし、施設内の温度が上がらず、局所施用が可能という点で、液化炭酸ガス方式への注目度も近年は増しています。他に、LPG燃焼方式、バイオマス発電等のコジェネ装置なども一部で活用されています。施設全体への施用が多いですが、ダクトを敷設して活用する局所施用の装置も販売されています。
4.二酸化炭素の有効活用に向けて
日本では、現状、二酸化炭素を活用する温室はごくわずかですが、設備の設置割合は2018年以降増加する傾向にあります。どのようにすれば、より効率的で投資資金に見合ったリターンが見込める設備の導入が可能でしょうか?
そして、余剰二酸化炭素を、温室栽培や植物工場などで、ある程度の規模感で活用することが、本当に可能でしょうか?
排気中の二酸化炭素活用に向けた実証事業は進められています。
中国電力と電源開発が共同出資する大崎クールジェンは、石炭火力発電所から回収した二酸化炭素を液化してトマト温室に運搬し、トマトの栽培に役立てる実証事業を2022年7月より開始しています。石炭火力発電所で回収・液化した二酸化炭素を、ドライアイス大手の日本液炭が広島県世羅町のトマト菜園(世羅菜園、カゴメの連結関連会社で、8.5haのガラス温室を有する)に運びます。
また、九州大学と双日が設立したCarbon Xtractや京都大学発のOOYOOなどのスタートアップが、空気中から二酸化炭素を回収し( Direct Air Caputre – DAC)、回収した二酸化炭素を温室で活用するための実証実験を展開しています。
日本では、現状では二酸化炭素施用の利用はごくわずかなので、普及に大きく力を入れる必要がありますが、今後新しい機会がひろがっていると考えられます。また、既存の日本の小さなビニールハウスに適合したサイズの設備・システムの開発ができれば、今後、そういった温室設備を多く持つ世界の様々な国に展開することも可能となります。
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関連ブログ:
世界の農業分野の脱炭素社会への貢献シリーズ①:農業からのカーボンクレジット創出はテイクオフするか?~土壌への炭素蓄積とメタン排出削減の可能性
世界の農業分野の脱炭素社会への貢献シリーズ②:営農型太陽光発電
小倉千沙
(株)メロス 代表取締役
- Alexander van Tuyll, Luuk Graamans and Alexander Boedijn, 2022, Carbon Dioxide Enrichment in a Decarbonised Future, https://edepot.wur.nl/582215 ↩︎
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